No13
🚶この様な田舎生活から、あっという間に二年と少しが、すぎた頃である。
少し認知症がある母が「家族をおいて大丈夫なのかね!」と、ふと漏らした。
だいぶ、グサッと胸に刺さった。
鹿児島にいる、兄姉妹達からも、「いつまでも家族を放ったらかしだと、三下り半ものだよ!」
「母親と、お兄ちゃんは皆んなで、鹿児島で面倒見るから」との話もして貰った。
👩女房殿も、「それならば、一旦帰って来て又、年金が出る頃に行ってきたら?」との仰せ
である。
その後、色々と段取りをつけて、約三ヶ月後に自宅へと戻って来たという訳である。
🐢さて、暫くして落ち着いてから、この二年半を振り返ってみた。
もしかしたら、"シードラゴンズ"ゆえ(竜宮の島)である。
コレはひょっとして、"浦島太郎"の逆バージョンになるのかしら、、、。
ふと、そんな想いがよぎった。
👴👵小学生の時に、あのじいちゃんとばあちゃんと過ごした、毎年の夏休み。
"たい"や"ヒラメ"の舞い踊り以上に、目くるめく色々な体験を心の玉手箱に納めて、再び
竜宮の島へ帰ってみた。
そしたら何と、白い煙の如く、あっという間に四十数年の月日が経っていた気がする。
🌆都会に憧れ、出て行った"太郎"は、もう一度竜宮の島に戻れたのであった。
但し、海亀の卵を食べた為、亀さんのお迎えは来なかった。
⛴それなので、仕方なくフエリーに乗るしか、なかった。