No10
⛄️札幌生まれの女房を初めて田舎に連れて行った時、何気なく普通に
味噌汁の具が、伊勢海老だったことに強烈な印象を持ったそうだ。
逆に母親が、我々の家に来た時の第一声は「なんでもかんでも、スー
パーで買わないで、たとえ猫の額の庭であろうと自分達で食べる🥕野菜
くらいは育てなさい」とのご託宣であった。
👵お味噌まで自家製であった母親からすれば、理解を超えた我々の
食生活であったのであろう。
🐓さて、人並みに華やかな世界も垣間見て、企業人生も早三十年経った
五十代半ばの時である。
いよいよ、都会のサラリーマン生活から、足を洗うチャンスに恵まれ
辞表を出す事にした。
ちようど母親の、認知症が出始めた時の事である。
女房殿の後押しもあり、末っ子の次男は未だ中学生なのだが、暫く単身で
田舎に帰る事にした。
👨‍🌾実は、母親の実家がある集落(シマ)には、ばあちゃんが亡くなってから
母の妹に当たる叔母夫婦が、別荘を建てていた。
その叔父の退職を機会に、東京と島を行ったり来たりの、わりと自由な
生活をしていた。
その事もあり、我々兄妹は誰も田舎に引き上げようとは、思わなかった。